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札幌地方裁判所 平成元年(わ)579号 判決 1990年1月17日

主文

被告人甲を懲役八年に、被告人乙を懲役一年に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各一四〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人甲から、押収してある空薬きょう五個(<証拠>)、弾丸五個(<証拠>)及び自動装填式けん銃一丁(<証拠>)を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人甲は、北海道室蘭市内の中学校を卒業後、仕上げ工、トラック運転助手、塗装工などをして働いたのち、昭和四九年ころから暴力団体「全日本○○連合○○××分家」(親分A)の構成員になり、その後同組織を離脱したが、昭和六三年九月ころに暴力団体「△△会横須賀一家B組」(組長B)(以下「B組」という。)の構成員になって、いわゆる一家名乗りを許されていた者、被告人乙は、函館市内の中学校を卒業後、土木作業員、飲食店店員などの職を経たのち、昭和六一年ころからB組の構成員になっていた者である。

ところで、被告人甲は、C(以下「C」という。)が昭和六三年一月B組からいわゆる絶縁処分を受けたにもかかわらず、その後もこれを無視して他の暴力団体と関わりを持ち、露店商の仕事を継続していることをB組関係者から聞き及び、Cのこのような行動はやくざの掟を破るものとしてとうてい許されず、B組としてもCに対して何らかのけじめをつけるべきであるという強い気持ちを抱いていたところ、同被告人自身、平成元年二月に起こした傷害事件で指名手配されるに至ったことから、その事件で逮捕され服役することになれば、未だB組に入って日も浅く、同組のために何の働きもしていなかったため、いわゆるかすりなどの暴力団体構成員としての生活費を確保する途が断たれてしまうことを慮り、この際B組のために事件を起こし、服役後も同組から自分の収入源を確保してもらおうと考え、B組としてのけじめをつけ、同組の面子を保たしめるため、Cに対しけん銃を発砲して制裁を加えようと決意するに至った。

そして、被告人甲は、場合によってはCを死亡させるに至るかも知れないことを予見しつつあえて同人に対しけん銃を発砲しようと考え、平成元年六月一五日午前六時ころ、実包五発装填の自動装填式けん銃一丁を持ち普通乗用自動車を運転して室蘭市内の肩書住所地の自宅から札幌市西区<住所略>所在のCの自宅(以下「C方」という。)に向かい、同日午前九時ころC方前に至り、そのころから同人方の近くに自動車を止めて同人方を見張っていたところ、同日午後一時ころCが自宅を出て普通自動車で出掛けたため自動車で追尾するうち、同人が札幌祭露店会場のある中島公園近くの駐車場に自動車を入れて同車から降り同公園内に入って行くのを見て、Cが自分の追尾に気づき、仲間を呼びに行ったのかも知れないなどと思い巡らし、自分も誰か応援を求めた方がよいと考え、その者として被告人乙を適任者と判断し、当時札幌祭開催中の中島公園においてB組の露店で手伝いをしていた被告人乙を電話で呼び出すに至った。そのため、被告人乙は、同日午後二時すぎころ、同市中央区南一六条西四丁目付近路上で待っている被告人甲のもとに赴き、その後同被告人と行動を共にすることとなったが、被告人甲からはCに対しけん銃を発砲するなどとは聞かされなかったものの、「ちょっと仕事があるから付き合え」と言われたことに加え、被告人甲が札幌祭の露店で仕事中の自分をわざわざ呼び出し、焼肉屋で御馳走してくれたり、他人の家(C方)の様子を窺ったりしたほか、更にソープランドまで連れて行ってくれたことから、誰かを痛めつけることを手伝えとの趣旨であろうと察してこれを了解し、被告人甲運転の自動車に同乗してC方に再度向かった。

(罪となるべき事実)

第一  被告人両名は、平成元年六月一五日午後七時一五分ころC方前に至り、同人方付近に自動車を止め、被告人甲において、被告人乙に対し車内で待機しているよう命じて同車から降り、C方の玄関前及びベランダ前で戸を叩きながらCの名前を呼ぶなどしたが返答がなかったものの、C使用の自動車があり、また室内の様子からも人の気配が感じられたことから居留守を使われているものと憤慨し、玄関扉のガラスを割って同所から家屋内に入ろうと考え、同ガラスを左足で足蹴をして割ったところ、被告人乙においてガラスの割れる音を聞きつけ被告人甲に加勢すべく駆けつけるに及び、ここにおいて被告人両名は暗黙のうちに意思相通じ、被告人甲においては殺人の犯意で、被告人乙においては傷害の犯意で共謀のうえ、まず被告人乙が割れた玄関扉から家屋内に至って玄関から廊下に上がり、次いで被告人甲が同様に家屋内に至って玄関内コンクリートたたき付近に立つや、Cにおいて居間から玄関廊下に通じる扉を開け、「なんだ。お前ら」と怒鳴りつつ左足を一歩玄関廊下に踏み出してきたのを見て、同日午後七時三五分ころ、C方玄関内において、Cに対し、被告人甲において「なにー」と怒鳴り返しながら、やにわに着用していたジャンパーの左内ポケットから実包五発(<証拠>、弾丸〔<証拠>〕)装填の自動装填式けん銃(<証拠>)を取り出し、場合によってはCを死亡させるに至るかも知れないことを認識しながらあえてそれもやむを得ないという気持ちで、Cの下半身に向けて右けん銃を発砲して実包二発を連続発射し、一発目を左下腹部に、二発目を右下肢にそれぞれ命中させたが、同人に入院加療二六日間を要する腹部・右下肢銃創、小腸穿孔の傷害及び加療期間不明の右腓骨神経麻痺の傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害するに至らなかったが、被告人乙においては傷害の犯意を有するにとどまっていた。

第二  被告人甲は、法定の除外事由がないのに、同日午後七時三五分ころ、C方玄関内において、前記自動装填式けん銃一丁及び火薬類である自動装填式けん銃用実包五発を一括所持した。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

被告人甲は、判示第一の犯行に関し、Cを殺害しようという気持ちはなかった旨供述し、弁護人も、同被告人には殺意が確定的にも未必的にもなかった旨主張しているので、以下若干の説明を加える。

この点まず、前掲「証拠の標目」挙示の関係各証拠によれば、

1  本件けん銃は、二五口径の自動装填式けん銃で、弾倉には実包六発の装填が可能であって、犯行当時も五発の実包が装填されており、人の生命を奪うに十分な性状のものであること

2  被告人甲は、判示犯行に至る経緯のような動機から、B組としてのけじめをつけ、同組の面子を保たしめるため、Cに対しけん銃を発砲して制裁を加えようと決意し、本件けん銃を携行するに至ったこと

3  被告人甲は、C方玄関内に至り、玄関たたき上に立つや、Cが居間から玄関廊下に通じる扉を左手で開けつつ「なんだ。お前ら」と怒鳴りながら顔を出し、左足を居間から玄関廊下に一歩踏み出す姿勢をとった際、「なにー」と怒鳴り返しながら、やにわに着用しているジャンパーの左内ポケットから右手でけん銃を取り出し、けん銃を握った右腕を水平より少し下向きに伸ばしCの下半身に向けて実包二発を連続発射し(被告人甲とCの距離は約二メートル--右腕を伸ばした状態ではけん銃とCとの距離は約一・五メートル--であった。)、その順序はともかく、そのうち一発はCの左下腹部に、もう一発は同人の右下肢(右膝蓋部より少し上の外側)にそれぞれ命中したこと

4  その結果、Cに対し、臍左一〇センチメートル、臍下五センチメートルの左下腹部から射入し、左側腹部の腹膜、小腸、右側骨盤腔の腹膜を貫通し、右臀部皮下に至る(右側骨盤腔の腹膜孔部は総腸骨動脈及び静脈の一センチメートルほど腹側にあり、もし総腸骨動脈又は静脈を傷つけていた場合には大出血を来し、出血性ショックなどで死亡する危険性があったうえ、小腸孔部から腸内容物が流出していたため、手当てをしないまま1日放置すれば、腹膜炎により死亡するに至るおそれがあった。)腹部銃創、小腸穿孔の傷害及び右膝蓋部より少し上を貫通する右下肢銃創、右腓骨神経麻痺の傷害を与えたこと

5  被告人甲は、けん銃を発砲する前、無防備の状態にあったCに対しB組から絶縁処分を受けた後の行動についてその理由を問い質したりしていないうえ、本件けん銃で威嚇するなどの行為にも及んでいないこと

などの事実が客観的に明らかである。

もっとも、被告人甲は、当公判廷における供述中で、殺意がなかった理由として、「膝付近を狙って撃ったが、一発目が膝付近に命中したために、二発目も膝付近を狙って発射したのに、Cの態勢が崩れ落ちたため、左下腹部に命中した」旨供述している。しかし、この点については、Cが「一発目が左下腹部に命中した後、二発目が右膝付近に命中し、その後、居間方向に倒れた」旨一貫して供述し、また、被告人乙も、二発目が命中した後にCが倒れた旨供述し、Cの供述に符合しているほか、被告人甲自身も捜査段階では、一発目及び二発目がどこに当たったか分からないとも供述(当公判においても同旨の供述が存する。)していることも合わせ考えると、被告人甲の右弁解は信用性に乏しいといわざるを得ず、一発目がCの左下腹部に、二発目が同人の右下肢に命中したものと認めるのが相当である。

してみれば、右のような客観的に認められる本件けん銃の性状、これを携行するに至った経緯・動機、被告人の攻撃の態様、Cに生じた銃創の部位、程度等に照らし、被告人甲は、本件けん銃を発砲する際、膝の下など生命に危険のない特定の部位をことさらに狙ったものと認定することはできず、少なくともCの下半身に向けけん銃を発砲するという認識を有し、かつその結果として場合によっては同人を死亡させるに至るかも知れないがあえてそれもやむを得ないという気持ちを抱いていたことが合理的に十分推認可能である。のみならず、被告人甲は、司法警察員に対する平成元年六月三〇日付供述調書中では「中途半端な生き方をしているCに対し悪いのですが、B組の甲としてヤクザの生きざまを身を持って知らせてやる為命を狙った。……。……自分がCをけん銃で狙って撃った以上、たとえ死亡しなくても殺人未遂と言われても仕方ありません」旨自白(この自白が警察官による強制ないし強度の誘導などによるものでなく、また、その信用性に特段の疑いも見出せない。)している。そして、被告人甲の右のような自白と判示認定のような本件けん銃を携行するに至った経緯・動機とを合わせ考えると、被告人甲がCを殺害しようという積極的な意欲を抱いていたという事実すらこれを認定することも可能なように思われる。ただ、射撃技量の点はさておき、被告人甲が至近距離からCに対し本件けん銃を発砲しながら上半身を狙っていないことは明らかであって、その意味で、被告人甲の前記自白中の自分が殺害の意欲まで抱いていた旨述べる部分については、その信用性に多少の疑問が残り、結局、前記客観的事実と被告人甲の前記自白とを合わせ考えれば、被告人甲が判示第一の犯行に際し、Cに対し殺意を少なくとも未必的に抱いていたことは何らかの疑問を抱く余地なくこれを認定することができる。

(累犯前科)

被告人甲は、昭和五九年一二月一七日札幌地方裁判所室蘭支部において暴力行為等処罰に関する法律違反、覚せい剤取締法違反の各罪により懲役二年に処せられ、昭和六一年一二月一日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は同被告人の司法警察員に対する平成元年六月一八日付供述調書および検察事務官作成の同被告人にかかる前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

一  被告人甲の判示第一の所為は刑法六〇条(ただし、傷害の範囲で)、二〇三条、一九九条に、判示第二の所為のうち、けん銃不法所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包不法所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するところ、判示第二の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重いけん銃不法所持の罪の刑で処断することとし、各所定刑中判示第一の罪については有期懲役刑を、判示第二の罪については懲役刑をそれぞれ選択し、判示各罪は前記前科との関係で再犯であるから、いずれも同法五六条一項、五七条により(判示第一の罪については同法一四条の制限内で)、それぞれ累犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人甲を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入し、押収してある空薬きょう二個(<証拠>)及び弾丸二個(<証拠>)はいずれも判示第一の殺人未遂の用を供し、かつ判示第二の実包不法所持の犯行を組成した物、押収してある自動装填式けん銃一丁(<証拠>)は判示第一の殺人未遂の用に供し、かつ判示第二のけん銃不法所持の犯行を組成した物、押収してある空薬きょう三個(<証拠>)及び弾丸三個(<証拠>)はいずれも判示第一の殺人未遂の用を供しようとし、かつ判示第二の実包不法所持の犯行を組成した物で、いずれも被告人甲以外の物に属しないから、同法一九条一項一号、二号、二項本文を適用してこれらを同被告人から没収することとする。

二  被告人乙の判示第一の所為は刑法六〇条、二〇四条、罪金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人乙を懲役一年に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中一四〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の事情)

本件は、暴力団体の構成員である被告人甲が、判示のとおり別件での逮捕服役によって収入源を断たれてしまうことを慮り、これを確保するとともにB組の面子を保たしめるため、被告人乙と共にC方に押し掛け、被告人甲においては殺人の犯意で、被告人乙においては傷害の犯意で被告人両名共謀のうえ、被告人甲において所携の実包五発装填のけん銃でCに対し銃弾二発を連続発射して判示の傷害を与えたという事案である。

まず、被告人甲の刑責について考えるに、同被告人は本件犯行の首謀者であり、暴力団体特有の短絡的かつ自己中心的な考えから本件犯行に及んだものであって動機において全く酌量の余地はない。また、その態様をみても、Cの行動を朝から監視するなどしたうえ、同人方に押し入り、居間から出てきた同人に対し至近距離からいきなり所携のけん銃を発砲し、未だ加療期間不明の重傷を負わせたというものであって、その結果が重大であるばかりでなく、計画的で危険かつ凶悪である。しかも、本件は、夕刻の時間帯に平穏な住宅街において突然敢行されたものであって、付近住民はもとより社会一般に与えた不安感も甚大であり、暴力団組員によるけん銃発砲事件が多発する今日、一般予防的側面も看過することができない。更に、被告人甲にはこれまで多数の前科があり、粗暴犯歴も八件に及び、模造けん銃不法所持の前科もあること等からすれば、同被告人の罪責は誠に重大である。しかし他方、本件では被告人甲にとっても幸いなことに死亡の結果が発生せず未遂にとどまっていること、捜査段階においては「Cには済まないという気持はありません」という感情を吐露していたが、当公判廷においては「申し訳ない気持ちも多少なりともあります」旨供述し、若干は反省の情を示すに至っていること、本件犯行後子供が出産したことなど同被告人にとって有利に斟酌できる事情も若干見出せる。

次に、被告人乙については、傷害の犯意にとどまるものではあるが、事情の分からないまま安易に被告人甲に同調し、同被告人と共に本件犯行に及んだもので、暴力団体特有の行動であり、動機において酌量の余地はない。また、前示のとおり本件により発生した結果が重大であること、被告人乙には平成元年六月に暴力行為等処罰に関する法律違反の罪で罰金に処せられた前科があること等を考慮すると、同被告人の刑責は軽視することはできない。しかし他方、被告人乙は、追従的な立場で犯行に加担し、Cに対し直接有形力を行使していないこと、当公判廷において一応反省の情を示していること、未だ二〇歳と若年であることなどの事情が認められ、こうした事情は被告人乙に有利に斟酌されることはいうまでもない。

そこで、これら被告人両名に有利不利な一切の事情を総合考慮し、被告人両名に対しそれぞれ前示のとおり刑を量定した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤 學 裁判官 河合健司 裁判官 近藤昌昭)

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